「石川 名物 なぜ」で調べる人がいます。九谷焼も輪島塗も加賀友禅も金箔も、加えて食べ物まで、なぜこの県にこれだけ集まっているのかという疑問だと思います。

理由は3つに整理できます。どれか1つではなく、3つが重なった結果です。

理由1:加賀藩が、工芸を政策として育てた

加賀友禅
加賀友禅

いちばん大きいのがこれです。

加賀藩は、江戸時代を通じて全国最大級の石高を持っていました。財力があり、そのぶん幕府から警戒されやすい立場でもありました。

そこで藩が力を入れたのが、武力ではなく文化と工芸です。京都や江戸から職人を呼び寄せ、藩の中に工芸の部門を置いて技術を育てました。加賀友禅も金沢箔も、この流れのなかで根づいています。

ここで重要なのは、藩が買い手でもあったことです。作っても売れなければ技術は続きません。藩と武家という安定した需要があったから、手間のかかる仕事が何代も続けられました。

九谷焼・輪島塗の産地と違いは九谷焼と輪島塗は何県の名産品?に書きました。

理由2:北前船で、モノと情報が入ってきた

石川は日本海に長く面していて、江戸から明治にかけては北前船の寄港地でした。

北前船は、蝦夷地(北海道)と大坂を結んで日本海を回っていた商船です。石川の港には、北から昆布やニシン、南から上方の文化が入ってきました。

これが食に効いています。

  • 昆布 … 北海道産の昆布が大量に入ったことで、昆布締めという調理法が根づきました。金沢で刺身を昆布で締めるのは、この名残です
  • ニシン … 大根寿司にニシンを使うのは、北前船が運んできたものが手に入ったからです
  • 砂糖 … 上方から入る砂糖が使えたことが、金沢の和菓子が甘く濃くなった背景にあると言われます

つまり、地元で採れないものが手に入る場所だったことが、料理の幅を広げました。

理由3:雪が、保存食と屋内の手仕事を残した

治部煮
治部煮

3つ目は気候です。

金沢の12月の降水量は301.1mm、11月が250.8mm、1月が256.0mm(気象庁の1991〜2020年平年値)。冬に降り続ける土地です。

この気候が2つのものを残しました。

保存食

冬に生鮮品が手に入りにくい期間があるので、漬けて発酵させる食べ物が発達しました。かぶら寿司、大根寿司、いしる(能登の魚醤)はどれも保存のための技術から生まれています。

かぶら寿司はブリを、大根寿司はニシンを、それぞれ野菜と米麹で漬け込みます。作るのに時間がかかり、寒くないとうまくいきません。冬にしか作れない食べ物が名物として残っているのは、そういう理由です。

屋内の手仕事

雪で外の仕事ができない期間が長い土地では、屋内でできる手仕事が育ちます。輪島塗のように工程が100を超える分業が成り立ったのも、この事情と無関係ではありません。

3つが重なった結果

まとめると、こうなります。

要因何を生んだか
加賀藩の政策工芸(九谷焼・輪島塗・加賀友禅・金沢箔)と、それを買う需要
北前船昆布・ニシン・砂糖。昆布締め、大根寿司、和菓子
雪の多い冬発酵の保存食(かぶら寿司・いしる)と、屋内の手仕事

どれか1つでは、ここまで残らなかったはずです。財力があっても海が閉じていれば材料が来ませんし、材料があっても買い手がいなければ技術は続きません。

今も残っているものを見るなら

国立工芸館(金沢市)
国立工芸館(金沢市)

名物そのものの一覧は石川県の有名なもの20選に、家で試すなら石川のお取り寄せにまとめてあります。

かぶら寿司のように冬にしか作られないものもあるので、時期は先に確認してください。

写真提供:石川県観光連盟/ほっと石川旅ねっと


Sightseeing

この記事に出てくる観光スポット

本文で触れた場所です。開いている時間や料金は、それぞれのページにまとめてあります。

国立工芸館日本海側初の国立美術館。旧陸軍施設を移築した建物と、所蔵作品展の料金・開館時間をまとめました。ページを見る