能登に行くと、集落の倉庫に高さ10mを超える箱のようなものがしまわれています。キリコです。

キリコとは何か

キリコは、能登の祭りで担がれる巨大な灯籠です。切子灯籠(きりことうろう)を略した呼び方とされます。

木の枠に和紙を張り、中に灯りを入れます。表には文字や絵が描かれ、夜になると内側から光ります。

  • 高さは数mから、大きいもので10mを超える
  • 何十人もで担ぐ
  • 神輿のお供として、夜通し町を練り歩く

キリコ祭りの歴史をさかのぼると、江戸時代にはすでに担がれていたとされます。つまりキリコは主役ではなく、神輿を照らすための灯りとして生まれたものです。それが大型化して、いまは祭りの見どころそのものになっています。

いつ、どこでやっているか

七尾の街なか
七尾の街なか

キリコが出る祭りは1つではありません。能登各地で、7月から10月にかけて200近い祭りが続きます

代表的なものを時期順に並べます。

時期祭り場所
7月上旬あばれ祭能登町宇出津
7月中旬七尾祇園祭七尾市
7月下旬飯田燈籠山祭り珠洲市
8月上旬石崎奉燈祭七尾市石崎町
8月下旬輪島大祭輪島市
9月お熊甲祭七尾市中島町

このうちあばれ祭は、キリコと神輿を火と海に投げ込むことで知られています。七尾祇園祭は夜のキリコが大地主神社に集まります。

日程は年によって変わります。多くは「7月第1金曜・土曜」のように曜日で決まっているので、行く年の日付を確認してください。

なぜ能登だけなのか

キリコは能登半島にほぼ限られた文化です。

背景としてよく挙げられるのが、集落ごとの結束の強さです。キリコは1基つくるのにも担ぐのにも人手が要ります。集落単位で維持してきたからこそ、これだけの数が残りました。

もう1つが、海です。能登は日本海に突き出た半島で、漁と海運で生きてきた土地です。海の安全を願う祭りが、それぞれの集落で独自に育ちました。

「能登はやさしや土までも」という言葉が残っていますが、祭りの数の多さは、そのまま集落の数の多さでもあります。

見るときに知っておくこと

夜に見る

キリコは灯りが入ってからが本番です。昼に見ても大きさは分かりますが、和紙を通した光は夜にしか出ません。多くの祭りは夜が山場になります。

交通と駐車場

祭りの日は交通規制がかかります。会場周辺に停められないことが多いので、臨時駐車場と規制の範囲を事前に確認してください。

宿は早く押さえる

能登は宿の数がもともと多くありません。祭りの日は周辺が埋まります。日程が決まったらすぐ押さえるのが鉄則です。能登側の宿の軒数は石川の宿は617軒、どこに何軒あるかで市町別に数えました。

震災の影響

能登半島地震のあと、規模を縮小したり、形を変えて続けている祭りがあります。開催の可否と規模は、その年の発表で確認してください。このページに書いた時期は、あくまで例年の目安です。

石川の祭り全体のなかで

石川には、キリコのほかにも曳山や獅子舞の祭りがあります。加賀側は曳山、能登側はキリコ、という分かれ方をしていて、県内でも文化が違います。

石川の祭りを時期順に並べたものは、各記事にまとめてあります。

まとめ

  • キリコは神輿を照らすための巨大な灯籠。高さは10mを超えるものもある
  • 能登各地で7月から10月にかけて、200近い祭りが続く
  • 夜が本番。灯りが入ってからが見どころ
  • 交通規制がかかる。宿は日程が決まったらすぐ押さえる
  • 震災後、開催の形が変わっている祭りがある。その年の発表で確認を